〜10〜 野球の魅力

――もし、野球というスポーツがなかったら、どんな人生を歩んでいたでしょう
「組織の中で自分を殺して生きていく事は出来ないタイプなので、自分で何かをやっていたと思う。何かは、わかりませんが。サラリーマンはつとまらないでしょう」
――野球以外のスポーツは
「体育の授業くらいしかやったことないですね。他のスポーツに興味を持ったことはありません」
――いつから野球をしていましたか
「記憶にないんです。物心ついたときには、やっていました」
――本格的に野球を始めたのは?
「小学校3年です。チームは週に1回、日曜日だけですから、他の日は自分で練習しました。その頃からプロ野球選手になりたかった。地元球団のドラゴンズが大好きで、中日の選手になりたかった。憧れの選手は田尾(安志)さんでした」
――小さい頃から才能があると感じていましたか
「小学校の頃は、自分だけ毎日練習していたので、うまくて当たり前。中学、高校でみんなと同じように練習しても、人よりだいぶうまかった。中学でも、高校でも余力を残しながら出来たから、次のレベルに行こうと思いました」
――勉強もかなり出来たそうですね
「結構、一生懸命やったんですよ。中学の時は、野球と同じくらい勉強もしました。でも、どんなに頑張っても学年で1番にはなれなかった。限界が見え、見切りをつけることが出来ました」
――今年の10月で30歳になりますが
「肉体的には、今の状態を維持していくことが大事でしょう。これから運動能力が上がることはないでしょうから」
――野球人としての夢は何でしょうか
「技術、記録など色々な面で、後輩が先輩を抜いていかないと、野球界の進歩はないと思うんです。40歳過ぎまで現役だった人はいますから、50歳までプレー出来たら良いな、と。50歳までバリバリでプレーし、『今が全盛期だ』と言って終わるんです。それが夢ですね」
――選手としての晩年を日本でと思いませんか
「今の段階では、戻ってきてやるということは、全く考えられない。そういう気持ちがどこかにあると、向こうでは戦えない。ただ、将来は、どんな形でかは分かりませんが、自分が得た物を日本球界に還元しなくてはいけない、とは思っています」
――打者としての数字についてはどのように考えていますか
「張本(勲)さんの3085安打を抜きたいですね」

*イチロー選手は、日本で1278安打、大リーグでは450安打。現在、日米合計で1728安打を記録している。


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3時間半を超えたインタビューは、全く休憩を挟まなかった。100以上の質問に対し、ほとんど間髪をいれずに答えが返ってきた。3回ほど、数十秒の沈黙があったが、その直後の話は、特に含蓄があった。プレー同様、イチローはこの取材に対して真剣に臨んでいた。
大リーグでもMVPを獲得した唯一の日本人選手。まだ29歳でありながら、日本が生んだ最高の野球選手の一人としての地位を既に確立した。
その選手としての根幹には、苦しみ抜いて勝ち取った「打撃の形」がある。それが精神面の安定を生んでいる。コンディションの維持に苦労することはあっても、自分の肉体の何が優れているかは熟知している。まさに、心技体が充実している。
日本最多の210安打を放った1994年から昨シーズンまで、球場での観戦やテレビを通じ、イチローに注目はしていた。しかし、なぜ、あれほどのプレーが出来るのかは、分からなかった。それが、今回の取材でかなり理解できた。
本人の夢が実現するとしたら、今後21年間、我々はイチローのプレーを楽しむことができる。野球ファンにとって、今回の連載インタビューがそのための参考になれば、幸いだ。